美鳥の日々』は近年稀に見る変態漫画だ。この漫画の変態っぷりといったらネギ先生も驚くほど、桂正和御大の『I's』などは健全すぎて吐き気がするほど。とりかえしのつかないぐらいのド変態漫画だ。
1話のあらすじが凄い。
「主人公・沢村はある時気が付くと右手が女の子になっていた」
これである。意味が判らない。混沌としている。
判りやすいように現象を緻密に説明すれば、「主人公の右手首より上(狭義で手と称される部分)は消滅し、そこに代わりに人形サイズの女の子(上半身のみ)がくっついていた」。
世にいる「ちんまい女の子好き(=ロリータ・コンプレックス)」と「人形好き(=ピュグマリオン・コンプレックス)」の心を直撃する設定だ。「ふん、喋る人形なんて萌えないね。口を開かれたらそんなの人間と一緒じゃないか」という本物の話は省く。
さらに、右手という自身と密室不可分の場所にヒロインが存在しているため、起きる「嬉し恥ずかしトラブル」の頻度は『ラブひな』などに代表される同居モノの比ではない。さらには右手になった女の子(=美鳥)は沢村にベタ惚れなのだ。これで嬉し恥ずかしトラブルが頻発しないわけがない。着替えの度にドッキリ、風呂に入るたびにドッキリである。恐ろしい。おお、伝説はまことじゃった。(待て、このシチュエーションの場合は『沢村に惚れていない』、俗にいう委員長タイプの方が萌えるのか? まあ、後に委員長タイプの女の子も登場するので、打ち洩らしはないのだが……)
最初、沢村は美鳥のことなどまったく意に介さないのだが(当然だ。なにせ人形サイズ。というか、シチュエーションが不気味すぎる)、話が進むにつれだんだんと心惹かれていってしまう。『相手は人形サイズの上に右手なのに』。取り返しのつかない背徳感が存在し、沢村自身も苦悩する。

変態漫画、と呼ばれるためにはこの背徳感が不可欠だ。しかし、逆説的に「主人公に背徳感が存在している間は、彼は変態ではない」ともいえる。当然だ。本物の変態は背徳など感じない。良識があるからこそギャップを感じ、それの二律背反が背徳なのだ(まあ、『ああ──この二つに引き裂かれる感じがたまらん!』という者も立派な変態の気がするのでちょっと怪しい言説なのだが)。つまり、沢村は変態漫画の主人公だが、彼は変態ではないのである。

ストーリーは進み、美鳥が元の体(=普通の人間サイズ)に戻るエピソードがある。すわ最終回か、と構えているとどうもそうではない。なんと、人間サイズに戻った美鳥は沢村の右手として過ごした記憶がなかったのだ。結局このエピソードはただの山場の一つ、であったようで、彼女は何事もなかったかのように(人間サイズに戻ったという記憶すらなくして)沢村の右手に戻る。
このエピソードによって沢村の変態性は隠される。
『美鳥に元に戻って欲しいのだけれども、そうすると彼女は自分と過ごした記憶を無くしてしまう。ああ、僕はどうすれば』。
沢村は「彼女の記憶が失われること」に怯えているのであって、『人形サイズの女の子萌え。僕の右手という支配下で思うが侭に愛で尽くせる環境が失われること』に怯えているのではない、ということになるのである。無罪だ! 沢村は変態じゃない!

しかし、今週のサンデーにおいて彼は脱皮した。見事な成長を遂げたのである。
友人Aは言う。

「沢村さん。彼女(=美鳥)、このままでいいと思いますか? 元に戻ってしまったら、記憶がなくなってしまう。だから沢村さんはこのままでいいと思ってるんですか?」

沢村は答える。


「記憶がなくなるとかそんなんじゃない。俺は、右手から美鳥がいなくなることが怖いんだ」


変態だ! ド変態だ! 取り返しのつかない変態だ! みなさあん、ここにド変態がいますよう!

さて、沢村君が変態にトランスフォームしたその日。今日、僕は『美鳥の日々』コミックスを三冊纏め買いをした。
今日の外出はその為であり、ついでにサンデーを立ち読みしたら、今週の『美鳥』がこういう話だった。

うーん、嫌シンクロニシティ

って何!? 4巻も出ているのか!? 買いに行かなければ──

しかし、今週の『美鳥』のラストの煽り文。『今なら言える… 俺の右手は恋人だと…』は凄くマズいので編集さんは自分の正気を疑ったほうがいいと思った。